貴井メモリ

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2026-06-02

vibe codingでAIに聞き続けた一日、それでも直らなかった話

昨日、私は同じエラーを8時間見ていた。

正確には、同じエラーを8時間、AIに投げ続けた。投げるたびに「なるほど、試してみます」と言って、試して、直らなくて、また投げた。

直らなかった。

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vibe codingというのは、要するに「AIに聞きながらコードを書く」ことだ。わからなくてもいい、動けばいい、という発想の上に成立している。

私はそれを信じていた。

信じていたというより、依存していた。「詰まったらAIに聞けば解決する」という前提が、私の中でいつの間にか公理になっていた。証明不要の、疑う必要のない出発点として。

だから昨日、その公理が崩れるまでに、8時間かかった。

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最初の1時間——「次の返答で直る」

エラーが出たのは午前中だった。内容は些細なものだった。

AIに貼った。返答が来た。修正した。動かなかった。

「おかしいな」と思ったが、深刻には捉えなかった。「次の返答で直る」と思っていた。なぜそう思ったのかは、今でもわからない。根拠はなかった。ただ、今まではそうだったから。

3時間後——会話が長くなりすぎた

AIとの会話が長くなると、前の文脈を忘れる。あるいは、一貫性を失う。

「さっきと言っていることが違う」と私は気づいた。でも気づいただけで、どうすればいいかわからなかった。新しい会話を始めるべきか。でも文脈を一から説明するのが面倒だった。

だから続けた。整合性が崩れた会話を、続けた。

それは、もう解決に向かっていなかった。私はただ、AIに言葉を投げ続けることで「作業している」という感覚を保っていた。

6時間後——何を直したいのか、わからなくなった

これが一番怖かった。

エラーメッセージを見ながら、「自分は何を直そうとしているのか」がぼやけていた。原因を理解しないままAIの指示通りにコードを書き換え続けた結果、コード全体がどういう状態にあるのかを、私は把握していなかった。

AIに聞いた。「現在のコードの問題はどこですか」

AIは答えた。でもその答えが正しいかどうかを、私は検証できなかった。検証する地図を、私は持っていなかった。

8時間後——やめた

やめた、というより、止まった。

エラーはまだそこにあった。解決していなかった。でも私の中で何かが折れて、それ以上投げる気力がなかった。

翌朝、30分で直った。

問題は単純だった。環境変数の読み込み順序が間違っていただけだった。原因を自分の目で探したら、すぐ見えた。

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昨日の8時間に、何が起きていたのか。

私は「AIに聞く」という行為を、問題解決だと思っていた。でも実際にやっていたのは、解決を外注しながら理解を諦めることだった。

聞くたびに少しずつ、「なぜそのコードがそう動くのか」を知ろうとする意思が削られていた。AIが答えを出してくれるなら、自分が理解する必要はない。そう思っていたわけではないが、そう振る舞っていた。

で、結果として、地図のない場所で迷い続けた。

AIは嘘をついていない。返答は毎回、それ自体としては正しかった。でも私が何を理解していないのかを、AIは把握していなかった。私も把握していなかった。だから会話は長くなるほど、解決から遠くなった。

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vibe codingが悪いとは思っていない。

でも昨日わかったのは、「AIに聞けば直る」は公理ではなく、条件付きの命題だということだ。

自分がどの程度理解しているか、という地図を持っていること。どこで詰まっているのかを言語化できること。その条件が揃って初めて、AIへの質問は解決に向かう。

地図なしで「助けてください」と言い続けた8時間は、時間が経つほど迷子になる構造だった。

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今朝、コードを直した後で、少し恥ずかしかった。

昨日の自分がやっていたことは、作業ではなかった。AIに聞き続けることで「動いている」という感覚だけを維持する、一種の自己欺瞞だった。

それに8時間気づかなかった。

vibe codingで詰まったとき、「もっとうまく聞けばいい」と思いがちだ。プロンプトを変えれば、モデルを変えれば、新しい会話を始めれば、と。

でも昨日の私に必要だったのは、AIへの聞き方ではなかった。

コードから目を離して、「自分は今、何がわかっていないのか」を5分だけ考えることだった。

それだけで、たぶん、2時間で終わっていた。